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ダンシング・チャップリン

ダンシング・チャプリン監督:周防正行/銀座テアトルシネマ/
★4(70点)本家公式サイト

奥さんを撮るためのオノロケ映画かと思ったら大間違い。周防正行は欲張りだ。
5分間の休憩を挟んで2部構成。
私は、バレエの映像化(この映画の本旨)である第2部よりも、ドキュメントの第1部「アプローチ」が圧倒的に面白かった。

そこには、偉大なる映画人の先輩であるチャップリンへの敬愛、同じ作り手である振付師への尊敬、バレエ制作の面白さ、映画制作の面白さ、一流のダンサー達が高次元で理解し合いその一方で役を外される者もいるプロの世界、いろんな面白さが詰まっている。
そして何より、正攻法なドキュメンタリーとしての編集・構成の面白さがある。
周防正行は欲張りだ。

ネタバレになるけど、第1部の最後、約20年前の初演の映像を見る老振付師の姿に俺は泣いた。
「(主演に)早くカーテンコールに出てこいよ!さあ早く!」と言う彼は、20年の時をタイムスリップしているのだ。
これを第1部の最後に持ってきたのは、周防監督が同じ芸術(映画を芸術と言っていいもんかどうかは別として)の“作り手”として、共感するものがあったのだと勝手に推測している。

しかし、この第1部最後の(私にとっての)クライマックスは、第2部に影を落とす。

私はバレエに関して無知なのだが、この踊りのレベルが高いことはよく分かる。それも第1部を見たおかげかもしれないんだけど。
だがやっぱり、バレエは“生身の肉体の芸術”なんだなと思う。
フィルムに収まった段階で、それは“記録”と化し、迫力が減少する気がする。
いや、ミュージカル映画なんかで迫力ある踊りはあるんだが、それはやっぱり“映画”として、構図やカット割りでリズムを生み出しているのだ。
周防監督は、余計な演出を極力除いた。それは生身の、そして本来の目的の(?)妻・草刈民代の“勇姿”を“素直に”フィルムに焼き付ける道を選択した。

少し横道に逸れるが、踊っている草刈民代は美しい。第1部よりも圧倒的に美しい。もちろんメイクのせいもあるだろうが、やっぱり「プロなんだな」と思う。そして映画監督はレンズを通して初めて女性を美しく撮れるものなんだな、とも思う。

考えて見れば不思議なもので、バレエやダンス、演劇も含めた舞台芸術は、身体一つあれば、実はその辺の道端でもパフォーマンスが可能だ。
音楽は楽器さえあれば場所を選ばない。
小説や絵画、あるいは漫画は“紙”という媒体が必要になる。
しかし映画だけは“カメラ”と“映写機”の2つが必須となる。
要するに、はるか昔からあった踊りに対し、映画は“記録装置”がスタート地点なのだ。
周防監督自身が「舞台中継」になることを恐れ、実際それを払拭する努力もしているが、やはり越えられない壁がそこにはあったように思う。
この第2部は、周防正行の作品ではなく、周防正行はフィルムに収める役に徹しているように見える。

あと、これは余談なんだけど、実はチャップリンあんまり好きじゃないんだよね。
いや、チャップリンの映画が好きじゃないんじゃなくて、チャップリンの映画が好きな人が好きじゃない。
全員が全員ではないんだろうけど、チャップリン好きって、「喜怒哀楽」の「哀」という一面ばかり強調する気がするんですよ。
実際、このバレエもそう。
バレエ自体も「美」という一面だけに磨きをかけた芸術で、それで「哀」という一面ばかり強調されてもねえ。。。

個人的にはもう少しスパイスが欲しいんですよ。
旧家をめぐる怨念とか、ベッドに馬の首が転がってるとか。

4月16日公開(2010年 フジテレビ=アルタミラピクチャーズ=東京テアトル他)

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