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抱擁のかけら


監督:ペドロ・アルモドバル/新宿ピカデリー/
★4(70点)(本家/公式サイト

いかにもアルモドバルの映画ではあるけど、アルモドバルにしては普通の映画にも思える。
オッパイぽろりペネロペちゃん略してペネポロちゃんは、すっかり大女優の風格漂い、最強女優の凄みさえある。
本作では、オードリーやモンローみたいな仮装ペネポロちゃんも見られるのですが、その存在感はドヌーヴ級だと思うんです。バーンとしてんのよ、バーンと。

私が慣れたせいかもしれませんが、最近のアルモドバルは鼻につくマイノリティ臭さ、神経を逆なでするような挑発が薄くなってきている気がします。
しかしそうは言っても、相変わらず“男性”は抹殺するんですよ。

金も権力も性欲もバリバリあるオッサンは、徹底して「悪」として描かれます。
他の男達も、視力を奪われたり、同性愛者だったり、ノン気なのに(?)同性愛者にやたら好かれたり。極力“性”としての“男”を葬り去ろうとする。
富豪エルネストの死から物語が始まるのですが、ある意味、社会的成功者を悪として配置している気さえします。アルモドバルのマイノリティ大好きー!癖とも受け取れます。
彼は単に「愛憎劇」の悪役だけではありません。息子の同性愛に理解を示さないという台詞からも、マイノリティ視点からの悪としても配置されているのです。

そしてこの映画の、そしてアルモドバルの、私にとって最大の「ウヒヒ」ポイントは、そのケレン味なんですよ、やっぱり。
だってさ、あの息子の撮影映像、どうして音声の録音状態が悪いという設定にわざわざする必要がある?どうして読唇術で解読する必要がある?
あるんだな、これが。物語的に必然性はないかもしれないけど、ペネロペちゃん自身にアテレコで告白させるというケレンのために必要な設定なんですよ。ウヒヒヒ。
そのケレンの真骨頂が、スクリーンに投影された粗い画面コマ送りのラストキッスに手を伸ばすシーンですよ。ワハハハ。笑うシーンじゃないけど。ウヒヒヒ。

『抱擁のかけら』という邦題が付けられていますが、原題は「かけら」というより、英語でいうところの“Broken”のようです。要するに、失恋とか傷心とか訳される“Broken heart”のheartが“抱擁”に置き換えられたスペイン語のようです。
ということは、「心」より「抱擁=体」が優先的に明示されているとも考えられるわけです。いやまあ、単なる印象的な造語にすぎないのかもしれませんが。
いずれにせよ、二人が愛しあった“記録”がドキュメンタリー映像であり、作品としての映画なのです。そしてその極地が、スクリーンに投影された粗い画面コマ送りのラストキッスに手を伸ばすシーンですよ。ウヒヒヒ。

日本公開2010年2月6日(2009年 スペイン)

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