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ゴッドファーザー partIII




監督:フランシス・F・コッポラ/BS-hi/
★5(90点)再鑑賞↑本家

20年ぶり再鑑賞で初めて気付く。あれ?この映画、こんなに面白かったっけ?
パート1,2に比して落ちるというのが定説で、実際20年前、要するに公開当時に観た私も同じように思っていたわけです。
だいたいコッポラのピークは短くて、70年代だけなんですよ。淀長さんが絶賛する『雨のなかの女』(69年制作。私は未見)から始まって、『地獄の黙示録』(79年)で終わった人なんですよ。『雨のなかの女』に続く監督作が『ゴッドファーザー』で、その間ルーカスのプロデュースなんかもしてるけど、当時それほど大作を任せられる監督として信頼されていたわけじゃない。だって『ゴッドファーザー』は元々安い制作費のTVムービーとして制作がスタートしたんだもん。それをコッポラがねばってねばってねばってねばり抜いてあの作品にしたそうですよ。
なんてことを言っていたわけですよ、当時。
なもんだから、パート1,2は何度も観てるくせに本作は公開時1回観たきり。
2004年にパート1,2のデジタルリマスター&ニュープリント版が出た時に映画館で観て「久しぶりにパート3も観たくなった」なんて言ってて早6年。気の長い話ですよ。

再鑑賞で評価が上がったポイントは、自分が年齢を経たことと一挙見の2点あったと思うんです。

たまたまBS-hiでパート1が始まる所に出くわして観る気がなかったのにあんまりの面白さに(何度も観てるのに)そのまま鑑賞。そのまま3夜連続一挙見。夜11時から始まんだよ。終わったら2時とかなってんだよ毎晩、まったく。

一挙見するとね、哀しさ倍増。
あんな小さかった子がこんなに大きくなって、みたいな。親戚のオジさんか。
その息子が「愛のテーマ」を歌い、氷のマイケルが涙を流すんですよ。一緒に泣いちゃうよね。俺知ってる、お前の想い出知ってる、2日前に観た。よく考えたらあの曲はBGMであってマイケルが知ってるわけないんだけど、そんなことどうでもいい。あと息子が歌手として成功するのが早すぎる気もするんだが、それもどうでもいい。
「本音を表に出すな」とマイケルが甥のビンセントに言うわけですよ。これはパート1で父・ビトーが長男・ソニー言った言葉なんですね。本音を漏らしたことでファミリーに危機が訪れる。その同じ言葉をソニーの息子に言う。因果ですな。いろんな因果が巡り巡っていることが一挙見で鮮明になるのです。

シチリアで、なんとかいう脚の不自由な老人のドン(いろんなドンが出てくるんで名前忘れた)が神父に化けた暗殺者に射殺されますね。彼はパート1で若き日のマイケルを匿ってた人なんだけど、彼の死に涙するマイケルがつぶやくわけです。
「彼は皆に愛されたが私は恐れられた」と。

マイケルが恐れられた理由は“強さ”である。
“家族”を守るために“強さ”を得たが、“強さ”の代償として恐れられ“家族”は離れていく。
文字通り「神の父」であった偉大な父を目指し、超えようともがく「孤高の男」の姿が3作通じて描かれてきた。
まさしく神の領域である教会の庭で懺悔する美しいシーン。妻との和解。娘の理解。オペラを鑑賞する顔はゴッドファーザーのそれではなく、一人の父親の顔だ。彼の罪は赦されたかに見える。見えるんだけどねぇ。因果だねぇ。

余談

これも20年の間に知ったことなんだけど、ヨハネ・パウロ一世は本当にバチカン銀行の改革などに取り組んで、本当に一ヶ月程度で謎の急死して、本当に暗殺説があるんだってよ。
パート2のキューバ革命といい、これは原作の範疇なんだろうけど、ストーリーを荒唐無稽に見せないような仕掛けなんだと思う。
映画はゴードン・ウィリスの凄い撮影のおかげで重厚感とリアリティがあるから、バチカンの不正なんて言われると逆に嘘臭くも感じちゃうけどね。

(10.01.07 BSにて再鑑賞)

(1990年 パラマウント)

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