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彼女について私が知っている二、三の事柄




監督:ジャン=リュック・ゴダール/渋谷シネマヴェーラ/★2(21点)再鑑賞本家

今なら言える。「今まで観た映画で一番退屈だったのは?」と問われたら、この映画のタイトルを言ってやる。この映画のタイトルを映画の真似してささやく様に言ってやる。しかも、ちょっとフランス語っぽく言ってやる。
20数年ぶりの再鑑賞。
18,9歳の大学生の頃、初めて観たゴダール作品がこれだった。
場所は池袋の(旧)文芸座。同時上映は『アンダルシアの犬』と『小間使の日記』。
その時から「ブニュエル好き」「ゴダール嫌い」が始まった。
その後、何を見てもブニュエルは面白かったし、何を見てもゴダールは嫌いだった。『勝手にしやがれ』も『気狂いピエロ』も世間が言うほど面白くはなかった。

2002年、30歳半ばで観た『はなればなれに』が滅法楽しかった。その後、『軽蔑』も面白く観た。
年齢を経てゴダールアレルギーを克服したのかもしれない。いやむしろゴダール楽しいかも。しょーもない幼稚な映画を観ると「もっとゴダールみたいなのが観たいんだよ!」とさえ思った。もしかしてゴダール好きかも。などと思っていた。

やっぱり、だめだったぁ〜。

「これこれ!ゴダールキターーー」とウヒウヒ言ってたのは最初の15分だけで、あとはひたすら退屈。
なぜ退屈かと言うと、この映画には葛藤も成長も無いんですね。
いや、事件なんか起きなくたっていいんですよ。登場人物の気持ちが動けばいいんですよ。
そうした小説じみたことを避けたというならそれでもいいんです。映画は常に大衆娯楽小説である必要はなく、散文でも論文でもいいんです。だとしても、この映画には「何故」という考察も「どうなった」という結論も無いのです。
ただただひたすら、資本主義批判を繰り広げるだけ。
90分一方的な悪口だけ聞かされてみ。退屈するから。

(1966年 仏)

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