November 2018  |  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

わたし出すわ

監督:森田芳光/恵比寿ガーデンシネマ/
★2(40点)本家公式サイト

レベルやスキルは高い映画。森田芳光ファンのわたし、擁護するわ。
落ち着いたカメラワーク。独特の視点で切り取る画面。まるで呼吸するようなテンポで自然に読ませる文字。細かい所まで神経の行き届いた音の使い方。
テクニック的には完璧と言っていい。
(実は光と影は得意ではない。それを逆手に、曇天の函館の空を利用し、最終的に唯一の青空に意味を持たせてしまう。)

映画は静かに幕を開け、早々に静かな映画であることを宣言する。
説明的な描写は極力省略され、逆に画面上描写されていることに意味があることを伝える。
字幕、ストップモーション、カットの繋ぎ方、全てに意味がある。
例えば、回想シーンは無人のまま、文字で見せる「言葉」を強調する。
何故その「言葉」に意味を持たせたのか、この映画の重要な胆である。

『(ハル)』以来というオリジナル脚本で、森田芳光は縦横無尽に自身の映像表現の粋を結晶させたのだ。

物語自体も多面的な切り取り方が可能で、示唆に富んでいる。

例えば「言葉」。
高校時代に選びすぎて「言葉」が出て来なかったと言うマヤは、実際、「言葉」を選んでいるような表情を時折見せる。
スッと言葉が出てくるのは冗談を言う時だ。
(おそらく彼女は本音を吐露するのが苦手な人間なのだろう。だから彼女はこういう形でしか“お礼”ができなかったとも考えられる。)
そんな彼女に、高校時代にかけてくれた友人達の「言葉」。
あるいは、マヤが母親にかけ続ける「言葉」。
各々が各々の「言葉」を発する。中でも仲村トオルの投げつけるような「言葉」が印象的だ。

例えば「価値観」。
それはもちろん「お金の使途」という形で現れるのだが、劇中「もっと他に選択肢があったでしょう」といった台詞も出てくる。
この映画は、「お金」そのものではなく、「お金の使途」を通じて、我々に「価値観」を問うているのだ。
マヤの友人5名。2勝2敗1分といった結末だろうか。
人生、ちょっとだけ勝ちがあればいい。
小池栄子先生に代表される「分相応の価値観」こそ、現代人に必要なのだと監督は言っているのかもしれない。

森田芳光は時代に鋭敏な感覚を持った監督である。
おそらく、今の時代に撮られるべくして撮った“テーマ”なのだろう。
非常に高いレベルのテーマを、高いスキルで描いた映画と言えるだろう。

だがこの映画には、決定的とも言える致命的な欠陥がある。
ツマラナイんだよ。

2009年10月31日公開(2009年 日)

comments

   

trackback

pagetop