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パンドラの匣



監督:冨永昌敬/テアトル新宿/
★4(80点)本家公式サイト

これこれ!私の抱く太宰感満載。まったくもって個人的な感想だけど、懐かしくって楽しい。
かつて私は太宰治にはまった時期がある。中学生の頃だから、おおよそ四半世紀も昔のことだ。もっともこの原作は読んだかどうか記憶が定かでない。完全に忘却の彼方。
そして映画を見始めて思い出す。あるある、こういう話。ま、どれもこれも似たようなもんなんだけど。

この映画の宣伝や紹介文には、しばしば「太宰作品には珍しい」「ポップな青春小説」という言葉が用いられているようだ。
私に言わせれば特に珍しくもない。
太宰はいつだってイジイジモヤモヤ、碇シンジ君的な言わば“青春小説”であり、青臭い「途中の作家(by角田光代)」なのだ。

しかし「ポップ」というのは言い得て妙。
実際、自伝的な暗い話は多い。だが、その視点は決してジメジメしているわけではない。
どこか、自己を冷笑するような、自嘲的でドライな視点がある。
加えて、ちょっと妙な言葉遣いや擬音を用い、独特な“リズム感”を醸しだす。
時折、間の抜けた可笑しなことを言ってみたりする。短編なんかじゃ明るい話もあったりする。
これらを総称して「ポップ」と例えるのなら、私の抱く“太宰感”はある意味「ポップ」なのだ。

そしてこの映画は、実に「ポップ」で“青臭い”。
それはまさしく太宰のそれだ。

この話に教訓めいたものは特にない。
終戦を迎え新しい時代になろうとする時流の中で、療養所という狭い“世界”の中で悶々と堂々巡りする思春期の思考。
ただそれだけが描かれる。
自己満足に近い若造の思考が、世間の中でいかに狭量なことかを嘲笑的に描く。
大人への階段を一歩登ったこと、世間へ一歩踏み出すことが、パンドラの箱を開くことに例えられる。
かつて抱いた読後感が、損なわれずに提示されたこの映画に、なんだか懐かしさを感じた。

ちっとも映画評になってないな。

2009年10月10日公開(2009年 日)

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