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ドッペルゲンガー




監督:黒沢清/新宿武蔵野館/★4(78点)公式サイト

新潟行くなら田中角栄が造ったいい道があるだろうに。なんてことはさておいても、ドラマツルギーとしていかがなものか。と言いつつも「俺的夢物語」に満足。
自分は好きなことやってて、誰かが嫌なことしたりお金稼いできたりしてくれたらいいなあ。それがもう一人の自分だったら余計な気を使わないで言うことなし。
こんな誰もが思う「夢物語」はドラえもんの昔から語り尽くされているが、私が言う「俺的夢物語」はこんな次元ではない。

永作博美だ。

どういうわけだか自分でも解らないが、実は永作博美好きの私。
普段は頭の中にヤグチだらけで永作のことなんか思いもしないのだが、一度永作を見てしまうと全部フッ飛ぶ。頭の中は永作一色。
平常の「ヤグチが大好きだ」度を100とすると、一瞬訪れる「永作が大好きだ」度は120にも達する場合があるほどだ。
(何だ「大好きだ度」って。「○○だどー」って駆けずり回ってる頭の悪い子供みたいだ)

そんな永作博美を押し倒したりヘンな椅子にしばりつけたりするんだぜ!こんな「夢物語」が他にあるかってんだ。
もしこれがヤグチだったら「キャー!ヤメテー!」と思うに違いないが、永作博美なら見たい。いや、俺がしたい。俺にやらせてくれ。

なんだコイツ。俺じゃないぞ。誰だ?

「ぴあ」の紹介文によれば「抱腹絶倒の異様なホラー・コメディー」なのだそうだ。
それが当たっているかどうかはともかく、基本的に黒沢清の映画は「ホラー」か「コメディー」しかないと私は思っている。正確には「心理ホラー」と「笑えないコメディー」と言うのが正しいか。
(何故「笑えないか」というと、黒沢映画は画面が完璧すぎるというか固すぎるのだ。観る側が構えて観なければいけない緊張感が画面にあるので「笑い」に向かない。)

「恐怖」と「笑い」が表裏一体であることは、ヒッチコックが時に緩急の技としてそれを用いることで実証し、サム・ライミは突き抜けた恐怖が笑いに転じる可能性を示唆している(本当か?)。
だが、黒沢清は違った。
これまでの彼の映画では「恐怖」と「笑い」が同居することはなく、常に分離して取り扱ってきた(思わず失笑する『スイートホーム』ってのもあるが、これは伊丹十三の趣味だからご容赦願おう)。
この両者の分離は、あたかもドッペルゲンガーの如く、黒沢清の二面性として扱われてきたのだ(その根幹が同一であることも含めて)。
それが本作で同化した。(いや、相変わらず笑えないんだけどね。)
この同化は、ある意味、黒沢清がそのドッペルゲンガーを受け入れたとも受け取れる。
そしてこれは、「金と女を手にして立ち去る男が誰なのか?」ということにもつながってくる。

「一度やってみたい」と前作『アカルイミライ』でも少しチャレンジした「画面分割」。
黒沢清の絵作りの上手さが堪能できるのだが、ただ「やってみたい」だけで「どう?俺って巧いでしょ」で終わってしまうのはデ・パルマ。それはそれで楽しいのだが、黒沢清の場合はそれだけで終わらない。
「画面分割」そのものが、分離した自分=ドッペルゲンガーの比喩であることを想像するのは容易だ。だがしだいにその「分割」もなりを潜め、分割されていた両者はついに触れ合うまでに接近し、さらには生死をかけるまで「緊密」な関係となっていく。
「画面分割」は単に技術的な面だけでなく、物語が進むにつれ両者が同化していく過程までも担っている。

ストーリーテリングから言えば、人工人体だか何だかビロビロ手の生えた車椅子でも何でも「金のなる木」であればストーリーは成り立つ。
だが、黒沢清的には「意志が形になる物」でなければならなかったはずだ。
だからこそ、あの車椅子(人工人体)を捨てることに意味が出てくる。
「自分の意志が具現化する(した)物」を捨てる。それはドッペルゲンガーの死を意味しているのではなかろうか。
これもまた「女と金を手に入れ立ち去る男は誰なのか?」につながってくる。

「崩壊した世界で僅かに生き残った人間」という黒沢清映画でお馴染みのラストを彷彿させつつ、永作博美と手に手を取って立ち去るのは「アノ」役所広司なのか?「コノ」役所広司なのか?

私は「どっちでもない」のではないかと思っている。いや「どっちも」というのが正しいか。
そこにいるのは「人間」そのものだ。善も悪も、笑いも恐怖も、あらゆるものを包括した「人間」だ。

いや、俺だ。あれは俺だ。俺が永作博美と手に手を取って立ち去るのだ。そして二人きりの世界であんなことやこんなことを・・・(<「俺的夢物語」=妄想進行中)。

お前、誰だ?

2003年9月27日公開(2003年日 1時間47分)


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