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トーク・トゥ・ハー

監督:ペドロ・アルモドバル/新宿テアトルタイムズスクエア/★3(50点)gooDB

映画史上に残る最もおバカなセット。
昏睡状態の女にシーツがかけられるシーン。真っ白な画面に体のラインが浮かび上がる。ハッとするほど美しい映画的なシーン。

片想いの男は昏睡状態の女に話しかけ触れることができる。一方、女に愛されていた(その肉体に触れていた)男は「別人のようだ」と触れることも話しかけることも出来ない。

といった具合に感心したり納得したりする場面もあるし、個人的には『オール・アバウト・マイ・マザー』より好きではあるのだが、基本的にどうもアルモドバル作品はノレない。
強烈なマイノリティー色(今回はそれを逆手にとっている面もあるが)が鼻につく。
そんなもんだから、物語に感情移入していない。どこか冷静に観ている。

だから劇中劇「縮みゆく恋人」のラストシーンなんぞに余計な想像をしてしまう。

スタジオにアノセットを組んだわけだろ?でーんと。
「一体どんな映画になるんだ?」ってプロデューサーとか不安になったろうよ。
「何で俺はこんなセット作ってるんだか」って美術担当は悲しくなったろうよ。
いや、逆に「今までの俺の女性遍歴の集大成だ」と張り切ったかもしれないな。
モザイクかかったら大爆笑したろうな。何も分からんじゃないか!って。
是非来日してくれアルモドバル。そして熱海の秘宝館を堪能してくれ!

しかしまあ、そんな物に金と時間をかけるより、事故や死産や自殺描写や彼女が覚醒する姿を描いた方がいいんじゃないか?と考えるのは浅はかなこと。
概ねツマラナイ映画はそういう描写の方に力を注ぐ(特に大作系日本映画のプロデューサーはそういう思想を持つ)。
ところが物語的・テーマ的に「不要」な部分なのだな。それよりむしろ「アノ」セットの方が重要なシーンであり、その辺がアルモドバルの作家性なのだ(私の中で彼は変態作家に決まったが)。

ある意味「春琴抄」的純愛っちゃ純愛なんだが、そこでプラトニックを貫けないあたりがラテン系か。
実は単なる「ボーイ・ミーツ・ガール」の物語だったりして。

日本公開2003年6月28日(2002年スペイン)1時間52分


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