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砂の器

監督:野村芳太郎/VTR/★5(95点)gooDB/再見→
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久しぶりに観て再発見。俺の求める理想の映画はこれだった。
野村芳太郎の特徴でもあるセンスのない超ズームはどうなのよ?とは思いますが・・・。
(技術的には結構難しいのだろうが)

久しぶりに見直して思った。好きだね。大好きだ。泣くね。何度観ても泣く。加藤嘉が出てくるだけで泣く。私の知っている映画学の先生はかつて、海外(フランスとか)に日本映画を紹介する際、よくこの映画を紹介していたことを思い出した。日本の四季や歴史がこの映画には凝縮されている。

中国なら『さらば我が愛〜覇王別姫』、ドイツなら『ブリキの太鼓』、アメリカなら『フォレスト・ガンプ』といった「近代史を描いた映画」が日本にはない・・・といったようなことを私が言ったところ、「日本なら『砂の器』だ!」と友人が迷わず断言したことがある。なるほど、私の意図とは異なるが、ある意味それは当たっているかもしれない。

私は、「お涙頂戴」は嫌いだが、根底に悲しみが流れる映画が好きだ。「可哀相」と泣くのは嫌いだが、観ているのが辛くなるほど猛烈に悲しいのは好きだ。ま、この辺が、私の好みが一般的に受け入れられない所以ですが。

怒濤のクライマックスは、実は思っている以上に長い。50分以上ある。実に本編の3分の1以上。もしかすると映画史上最も長いクライマックスかもしれない(クライマックスの定義によりますが)。
三箇所カットバックがその長さを感じさせない理由の一つでしょうが、これがなかなか、書き手としては勇気のいるシーンなのです(事実、こういうカットバックってあまり見ない)。というのも、観客の興味の対象が散漫になってしまいがちだから。ところがこの映画は見事「一点」に収束していく。
その手腕は(強引であろうとも)見事としか言いようがない。

そして改めて教えられた点といえば、物語の進行において重要なのは「人物」と「観客」の気持ちの流れであって「時間軸」ではないということ。単に好みの問題かもしれないが、私は「構成」で魅せる映画に魅力を感じてしまう。

しかし映画学的にはどうなのよ。センスのないオーバーラップとかビヨ〜ンってズームとか。

1974年10月17日公開(1974年日)2時間23分


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