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六月の蛇




監督:塚本晋也/渋谷シネ・アミューズ/★4(78点)

ドス黒いアダムとイブの物語。もう、痛すぎちゃって。
これは蛇にそそのかされて禁断の果実を食べてしまったアダムとイブの物語なのだろう。

塚本晋也自らが演じる者が「蛇」であり、メタファー(暗喩)だかなんだかわかんないアレが象徴しているというか高らかに宣言しているというか、もうなんだかわからないんだが、アレがアレなのだ、きっと、うん。

塚本映画で常々思うのは、設定はかなり無茶で無謀だが(それ故ストーリーテリングに“?”となることもあるが)、人物の描写はいたって素直で自然だということだ。
屈折した人間を描いているのに「素直」というのも語弊があろうが、その心の痛みがストレートに伝わってくる(これは『鉄男』の頃から変わらん)。
痛いよ。痛すぎるよ。

「蛇」を旧約聖書におけるそれと書いたが、その一方で心に巣くう欲望の象徴とも考えられる。

内なる蛇が覚醒し、次第にそのうねりを大きくしていく。
もちろんここでは水(=雨)が欲望と同義として描かれ、真っ黒い口を開けて大量の雨水を飲み込む排水口、流しや風呂を清潔に磨きたがる夫、といった具合に、常に欲望(抑圧された感情)が画面を支配しているのだが。
自らの手に五寸釘を打ちつけたというエピソードもまた、内なる(自己への)暴力衝動が外(他者)へ向けられていく、つまり体内の蛇がドス黒いものを吐き出しながら肥大していく様を描くためのものであったろうと考えられる。

セックスレス、電話とファインダー越しでしか愛を語れない、「人と触れ合えない」現代人が「暴力と愛」で人と触れ合う=人間として再生する、悲しく恐ろしい物語だ。

「代々木忠かっ!」みたいな話だが、塚本晋也の手に掛かると一筋縄ではいかない(代々木忠も一筋縄ではいかないのだろうが)。
覚醒(魂の開放)されていくことが「快楽」だけではなく「苦痛」を伴っていることを見逃してはならない。
リモコンバイブで身をよじらせる黒沢あすかのまるでボディブローを食らったかの様な苦痛の表情。
禁断の果実を口にしてしまった(=己を開放した)時の咆哮(叫びではなく咆哮ね)。
人間が人間であるために苦痛は伴うのだ。ああ、痛すぎる。


2003年5月24日公開(2002年日)1時間17分


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