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戦場のピアニスト

監督:ロマン・ポランスキー/新宿プラザ/★4(73点)gooDB

ピアニストはピアノで語れ。ポランスキーならではの「視点」。
自分は逃げ隠れしているばっかりで、運良くさんざんいろんな人に助けてもらった挙げ句、一人助かって長生きして富と名声を得てメデタシメデタシかぁ?ひでー話。

と書いてもよさそうだが、ロマン・ポランスキーなので許す。

山田洋次がこんなことを言っている。
「映画監督として作らなければならない映画がある。」
満州引揚者である山田洋次は満州での出来事を形として残さねばならないといったようなことだったと記憶している(記憶力ないもんだから正確に覚えてない)。
作家・五木寛之は、目の前で母親がロシア兵に暴行されたという少年期の壮絶な体験を綴っている。
これを書いたのは昨年のことだから、よほど長い間彼の心の中で「しこり」といて残っていたのだろう。
これもまた五木寛之にとって「残さねばならない」ものだったに違いない。

そしてポランスキーにとってのそれが本作なのだ。

たいしてポランスキー作品を観ている訳ではないのだが、彼ほど語り甲斐のある作家はいない。
(警告:以下、私の作家主義が爆発します。長いです)

ユダヤ系ポーランド人のポランスキー。両親は強制収容所へ、自分はゲットーへ送られたポランスキー。
少年時代、ゲットーから命からがら脱出したポランスキー。(今更私が書くまでも無い話か・・・)

このキャリアからか、ポランスキーは「異邦人の視点を持つ作家」と言われることがある。
『ローズマリーの赤ちゃん』で、『チャイナタウン』で、『フランティック』で、主人公は常に「よそ者」であり「孤独」であり「無力」で「彷徨う」ことしかできないのである。
本作も同様、主人公は自国にいながらにして「よそ者」にされていってしまう。
「映画はストーリー・テリングではない」というポランスキーの持論(らしい)のせいもあろうが、彷徨う異邦人の「視点」であるが故、積極的に観客を誘導する(登場人物に感情移入させる)ことがなく、淡々と「状況」を描写していくことが多い。

また(これまた今更書くまでも無い話なのだが)、映画監督としての名声を得、女優シャロン・テイトと結婚し、子供も出来て・・・という幸福絶頂期に、狂信的集団チャールズ・マンソン・ファミリーに腹の子共々愛妻が惨殺されるという痛ましい事件を経験している。
この体験の後の作品『マクベス』は
「『マクベス』史上最も残忍な『マクベス』」
なのだそうだ(友人談←信憑性低っ!)。
いずれにせよ下手な映画よりなんぼか劇的な人生を送っている人なのだが、本作でも分かる通り、彼の残酷描写はいたって冷徹である。本作には全くといっていいほど「美談」が存在しない。

さらに、ポランスキーは「心象描写」の多い監督である。
本作の前半、やれゲットー送りだ収容所送りだと大勢のエキストラを擁した大作的な描写が多く、実は「あーあ、ポランスキーも巨匠病になっちゃったか」などと思っていたのだ。
たしかにここまでなら戦争大作映画によくある描写なのだが、彼の真骨頂はその後の無人の街にある。
空虚で厭世的な映像世界こそポランスキーであり、主人公の、そして監督の「異邦人の視点」なのだ。

ともあれ、映画監督ロマン・ポランスキーは「残さねばならない」話を映画で語った。

そしてピアニスト・シュピルマンは「ピアノで語った」。

彼は弾き続けなければならなかったのだ。己の富や名声のためでなく、自分を助けてくれた全ての人々のために。亡くなった全ての人々の霊魂のために。

ところで、国一番のピアニストを救おうという心意気があるポーランド人の文化度は高いと思わない?

日本公開2003年2月15日(2002年仏=独=ポーランド=英) 2時間28分


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