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天国の口、終わりの楽園。

監督:アルフォンソ・キュアロン/飯田橋ギンレイ/★4(68点)公式サイト

天国に近づくにつれ、身も心も裸になっていく。人生の集合体の様な映画。
ゴダールかウォン・カーウェイの様なナレーション使いだが、BGMの様に詩や散文を散りばめる彼らと異なり、ここでは人生を垣間見せる語りが入る。小説の手法だが、これがとても有効だ。

彼らは楽しげに“宣言”などについて語り無二の親友であるように見えるが、語らない“秘密”を抱えていることを我々は知っている。
私が好きなのは「乳母(だったかな?)の実家の街であることに気付いたが黙っていた」といったくだり、枯れ葉のプールを前に「以前も同じことがあった」というくだり。
「親友の彼女とヤッちまった」などという誰にでも分かるあからさまな秘密ではなく、自分自身も忘れていたような、ふとした拍子に記憶の片隅から顔を出す秘密。これを捉えられる繊細な感性は見事だ。
その作家性は、無二の親友がもう二度と会うことの無い二人に変わっていくラストに収束する。
永遠の時などない。人は出会いと別れを繰り返し、亡くなった者だけが記憶という永遠の中で生き続ける。

だが彼女は思うのだ。「私はいつまで覚えていてもらえるだろう?」

この映画は、まるで覗き見るようなカメラワークとナレーションによって、我々観客を客観的な第三者の位置に置く(第三者の立場で観ているからこのナレーションが有効なのか?)。そして我々は、主人公達をはじめ旅の途中で出会う人々の人生の断片を垣間見る。
一生や半生を描いた映画ではない。あくまで氷山の一角である人生の断片を垣間見せるだけだ。
だがその一角は水面下に隠された大きな氷山を想像させるに充分なものだ。
人生の断片を寄せ集めることによって、人生の集合体になっていると私は感じた。そしてその集合体がこの国そのものでもあるのかもしれない。

天国に近づくにつれ、主人公達は身も心も裸になっていく。それは秘密を暴露し許し合うだけではない。
過度な男の友情はホモに近い。それを体現してしまうにまで至る。
だが、ルイサだけは最大の秘密を胸にしまったまま去ってしまう。
果して彼女は天国へ行けたのだろうか?
それとも天国の口に留まったまま、楽園で終焉を迎えたのだろうか?

日本公開2002年8月10日(2000年米=メキシコ)


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