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レスラー




監督:ダーレン・アロノフスキー/日比谷 TOHOシネマズ シャンテ/
★4(88点)本家公式サイト

男の背中映画
ミッキー・ロークの主演作って、いつ以来よ?
『ハーレーダビッドソン&マルボロマン』辺りが最後の記憶だ。いやまあ『シン・シティ』とか最近あったけど。
ああ?『ナインハーフ2』?ええっ!『ナインハーフ2』!?なんだそれ?

劇中「80年代は素晴らしかった。90年代クソくらえ」的なことを言うが、ランディというレスラーの輝かしい時代が80年代であったことは、この映画の冒頭で語られる。
そして、ミッキー・ローク自身の輝かしい時代も80年代だったのだ。

その輝かしい時代の少し前、1976年『ロッキー』では、イタリアの種馬と呼ばれた男が栄光を勝ち取る物語だった。それはまだ、アメリカン・ドリームが信じられていた時代だった。
時代は変わったのだ。
本作は、(おそらく本名から推測するに)東欧系の男の生き様を通じて、時代を描いているとも言える。
子供が語る流行りのテレビゲームが端的に物語っているではないか。

トレラーハウスの我が家が、逆に孤独を増幅させる装置として働いているのが面白い。
二度ほど帰宅するシーンがあるが、最初、家賃滞納で家に帰れないのは、困窮する現状を描写すると同時に、装置として機能させるためだ。

やっと我が家に帰った男は、ベッドで初めてイビキをかくと共に、孤独を募らせる。
そこは安堵と不安が同居する場所なのだ。
それ故、彼はリングに向かうようにも見える。
段取りを打ち合わせている姿の楽しげなこと。

だから引退後も帰宅するのをためらい、孤独を避けるようにプロレスを観戦し、行きずりの女性と火遊びして(ミッキー・ローク健在!)、帰宅して安堵する。
そしてこの二度目の帰宅も、娘との決別という、孤独を増幅させる装置として機能する。

「リングの外の世界の方が痛いんだ。」

全然正確に覚えていないが、そんな台詞だったと思う。
リングの世界では執拗に“肉体的”な痛みを描写する。
だが彼は、社会での“精神的”な痛みの方が辛いと言う。
リングに戻ったのは逃げだったのだろうか?
いや、自分の居場所、存在意義を再確認する挑戦だったと思いたい。
ハードボイルドだ。

余談

制作会社は「ニコラス・ケイジ主演なら金を出す」と言ったそうだが、監督・ダーレン・アロノフスキーは、制作費削減に応じてまでミッキー・ロークにこだわったそうだよ。
これもまたハードボイルド。

日本公開2009年6月13日(2008年 米)

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