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ウルトラミラクルラブストーリー




監督:横浜聡子/シネマート新宿/
★3(68点)本家公式サイト

心に穴の空いた女と頭の足らない男の物語
横浜聡子初の商業映画。初めて観るけど、やるね。彼女はやるね。商業映画としてはどうかと思うけど、その作家性は非常に興味深いね。

冒頭、薄暗い散らかった室内。何だか分からない画面の中からモゾモゾと主人公マツケンが起き上がる。まるで土の中から芽が出てくるみたいだ。

一方ヒロイン・ぼくらの女神=麻生久美子は、踏切の警報音と共に登場する。
「ここから物語が動き始めますよ」と我々に警鐘を鳴らしてくれているのだ。
そしてカットが変わり、踏切を越える後ろ姿を写す。彼女は異世界に足を踏み入れたのだ。

この映画が理解しにくい(いまいちノリにくい)理由の一つは、その物語が既存の枠組みに当てはめにくいからだと思う。
麻生久美子の登場シーンについて触れたが、これが「鶴の恩返し」パターンかというとそうでもない。
監督は、麻生久美子が人々に変化をもたらす物語にするどころか、彼女自身が変化する物語にしてしまう。鶴を立ち去らせるどころか、電車に乗せてもこの異世界から出そうとはしない(八戸には行ったらしいが)。
結論から言えば、マツケンではなく麻生久美子中心のドラマととらえると
「心に穴の空いた女性がその穴を埋めるまでの物語」と読み解けるのだが、
そのキーワードに用いられるのが、既存の枠組みで慣れている“情”ではなく、“頭(あるいは脳)”という我々にとって不慣れなキーワードなのである。

麻生久美子演じる町子先生は、“心”に穴が空いた理由を「なぜ?」と“頭”で考えようとする(単なる事故死ではなく、同乗者がいたということが「なぜ?」の引き金になっている)。
そこに“頭”の足らない男が登場する。
先に述べたが、これが『白痴』的展開なら、そのひたむきさに心打たれる“情”がキーワードだったろう。
だがこの映画は違う。
町子先生の“心”を奪ったまま去った男は“頭”が無いのだ。
そんな町子先生の“心”を奪い取ろうとする“頭”の足らない男は、なんと“心”を停止させてしまう。
“頭の無い男”に対抗するために、心臓を停止させて“頭だけ男”になるのだ。

なんと破天荒なファンタジー!

このキーワードはちゃんと説明されていて、イタコじゃなかったイタコ・藤田弓子が、「死者の言葉に耳を傾けるだけ」といった台詞を言う。
「考えようとせずに感じるのだ」という意味に思えてくる。
「“頭”ではなく“心”で」と。

結末を言ってしまえば、町子先生の心の穴は埋まったのだ。
彼女にとって、心の穴を埋める“頭”の必要性がなくなったのだ。
それがこの映画のラストの意味だと思う。
麻生久美子が微笑むのは、単なるブラックコメディーだからではない。

この監督、やるね。相当なもんだ。今後がすごく楽しみ。
ただ、こうした表現が“頭”では理解できたけど“心”に響いてこなかったので、この点数。

余談1

本当ならここに青森の土着性というものを見出すべきかもしれない。
少なくとも、山下敦弘が滅法上手に描く“田舎”とは、また違う空気感がある。

余談2

ぼくらの女神=麻生久美子は、いつもいつもいつも、どこか距離のある存在、肉感的な親しさを感じさせない存在、として描かれることが多かったのだが、結果としてこの映画が今までで一番「親近感のある麻生久美子」だったような気がする。

余談3

鉄ヲタの原田芳雄は「寝台特急カシオペアのチケットとってくれたら青森まで行ってもいい」とダダこねて出演承諾したそうだ。

2009年6月6日公開(2009年 日)120分

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