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フロスト×ニクソン




監督:ロン・ハワード/新宿武蔵野館/★4(83点)本家公式サイト

映像の力を正しく理解しているロン・ハワード。
この映画に欠点があるとすれば、登場人物達の動機、中でもフロストの動機がいま一つピンとこないというか、描き方が丁寧ではないように思える点だと思うのです。
しかしそれは、こちらの読み取り方の問題で、むしろその描き方にこの映画のキモがあようにも思えるのです。

彼は「アメリカでの成功」ということを口にします。
それはもちろん本音でもあったでしょう。
ですが真意は、ニクソンがホワイトハウスから去るニュース映像を見つめる“表情”に込められていたように思えるのです。
そして、その真意は決して言葉で語られることはないのです。

同じことはニクソンにも言えます。
彼の口から謝罪の言葉は聞かれません。
あるのはその“表情”なのです。

例えば、初めてニクソン邸を訪れるシーン。
飛行機内でナンパした女性を同伴するのですが、彼女の素足と(背中の大きく開いたドレスの)背中から登場させ、それを見るニクソンの表情を抜きます。
背中の大きく開いたドレスというのは、ヒッチ先生が『めまい』のキム・ノヴァク登場シーンで“女性”の表現に用いていますが、本作も確実に“女性”の登場を意識的に描き、それをニクソンが目にするという描写になっています
(単なる恋愛描写なら、こうした念入りな描写は機内でやるべきだ)。
この念入りな描写で、女性同伴がフロストの作戦であることが垣間見えるのです。
まさか色仕掛けということはないでしょうが、女性が一人いることで和やかな初対面を狙ったのか、フロストくみし易しと思わせたかったのか、やはりここでも真意は語られることはありません。

(さらにこのニクソン邸では、小切手の受け渡しの視線を巡って、金の出所を“推測する”というシーンまであります。)

この「本音」を引き出す攻防の映画で語られる数々の“言葉”は、そこに真意が存在していないのです。
例えば関係者の回想などで語られる“言葉”は、単に状況でしかありません。
真意を語らず、映像でのみ表現可能な“表情”に込めることで、テレビのインタビュー番組という設定を“映画”で描く意味をロン・ハワードは正しく理解していると思うのです。
(これ、日米ともに舞台化されるそうだけど、どうなんだろう?)

実際、ニクソンのエージェントはこんなことを言います。
「相手の本気を知るには、夜中か週末に電話する」と。
要するに、言葉ではないのです。

ニクソンは、イタリア製の靴を「欲しい」とは一言も言いません。
ニクソン陣営は誰も、このインタビューに「負けた」とは口に出しません。

そして、この映画が単なる“善悪二極論”の物語に終わらなかったのは、「政治家たるものかくあるべし」という呪縛から解放されたニクソンの“表情”にあるように思えるのです。
イタリア製の靴をプレゼントされた時の表情は、政治家の呪縛と靴紐の呪縛からの解放だったのに違いありません。

日本公開2009年3月28日(2008年 Universal Studios)

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