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変態家族 兄貴の嫁さん




監督:周防正行/渋谷シアターイメージフォーラム/★2(30点)本家

もはや優秀な小津パロや小津進化系、そして優れたAVを見すぎている。こんなんじゃヌケねーんだよ!
「周防正行のデビュー作」「小津マネ」の二枚看板を知らなければ「オオッ!なんだこれ!」と思うかもしれないが、その二枚看板を知って鑑賞すると、それ以上の何も無い。

まだ「70年代なるもの」を引きずっている80年代前半の邦画は、どうしたことか大変画面がショボイ。
50年代の上品さもなければ、60年代のパワーもない。80-90年代ほど洗練されてもいない。
それが低予算となればなおさらで、スクリーン鑑賞に耐えられる代物ではない。
正直、1984年なら、自主映画だってもっと優秀な作品があった。

もしこの作品に(二枚看板以外の)現代的意味を見出すとしたら、「ピンク映画終焉の象徴」ではないだろうか。

ある意味、ピンク映画は時代を反映していた。
60年代、創世記のピンク映画は反社会的なパワーがあった。例えば若松孝二。
それは、“隠微で背徳な世界”であるが故、反骨精神溢れる時代とマッチしたのだ。
やがて時代が変わり、性がオープンになると同時に“隠微と背徳”の世界観は薄れ、ピンク映画は「オモシロ映画」に変わってきた。例えば滝田洋二郎。それでもまだ彼には社会性の名残があった。
そしてとうとう、社会も時代も一切関係ないコントみたいなピンク映画が量産される(もちろん昔からそういうのはあったのだが)。
その一つの象徴的な作品が本作だ。言い換えれば「瀕死のピンク映画界」の象徴。

自由に作れる風潮から若手の登竜門と化したことでピンク映画は映画史的には重責を担った形になっているが、それは結果論に過ぎない。決してピンク映画界がそれを狙ったわけでも願ったわけでもない。
この映画が、ピンク映画界の新たな道を切り開いたというなら評価されてもいい。
だがこれは、単なる時代のあだ花だ。

それでも若き周防正行の才気を感じられる点が二つある。
父が嫁ぐ際に話してくれたという『晩春』(だと思う)の台詞によって、この映画自体を『晩春』の続編にしてしまった乱暴な(笑)設定。
大杉漣に肉体関係を持たせなかったことで、血のつながりよりも厚い絆だった『東京物語』の義父と嫁の関係を踏襲し、それによって肉体関係よりも重い精神的な絆を表現したこと。

(1984年 国映)62分

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